こためも。

嬉しいこと、悲しいこと、うまくいかないこと、ちょっぴり達成感を得られたこと、そんなことをゆるっと書き連ねていたり、カレーへの愛を語ったりしています

秘密のインスタント味噌汁 vol.2-2【手付かずのフルコース】

 

その優しさが、世界中で私にだけ向けられるものならいいのに。

 

そう思ってしまう私は醜いのだろうか。

 

憎しみや恨みは溢れるほど独占できるのに。

 

万人向けのありふれた優しさじゃ物足りない。

 

私のことを頭のてっぺんからつま先まで理解して

 

今の私の心情を察して

 

ただ私を慰めて癒すためだけの

 

そんな優しさがほしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

カコン、と音がして電子ケトルはお湯が沸いたことを知らせてくれた。

 

キッチンをろくに使わない一人暮らしの男性が料理をするとなると必然的にインスタント食品に頼ることになる。使う調理器具は電子ケトルのみ。

料理、調理器具、という言葉がそれぞれ当てはまるかどうかは分からないが、それで手いっぱいだ。

 

シンクの上の棚から100均で買ったマグカップをふたつ出す。

 

週末に仕入れておいたインスタント味噌汁の袋を開ける。

味が5種類あるが、彼女は何が好きだろう。

彼女のことは何も知らないので考えたところで一歩も正解には近づけない。

 

長ネギの袋と味噌の袋をふたつずつ取り出して、マグカップにいれる。

カラカラの長ネギの上に重たい味噌が落ちてゆく。

 

お湯を注いでも、味噌は簡単には溶けない。

 

箸でゆっくり混ぜると赤味噌の温かみのある香りが漂う。

ふくらんだ長ネギは先ほどまでカラカラだったことも忘れられるくらいにおいしそうだた。

 

 

ふたつのマグを彼女が寝ているソファの前のテーブルに移す。

 

初めて彼女が食べてくれたのはコンビニのおにぎり。

今度は自分で手を加えたし、何より温かい。

クオリティは低いけれども少しは進歩した。

 

 

「寒くない?だいじょうぶ?」

 

少し離れて腰かけて、丸くなっている彼女に声をかける。

 

うう、とさらに丸まって、彼女の瞳がこちらを向いた。

 

「あれ、寝ちゃってましたか...?」

 

「寝れたなら良かった。お味噌汁作ったから良かったら飲む?」

 

もうすぐ7月なのに寒そうにしている彼女は小さく頷いた。

 

ゆっくりマグカップを手に取り、口元で優しく息を吹きかけて冷ます。

湯気が頬に当たり温かいのか目を細める彼女は、突き飛ばせば簡単に死にそうだった。

 

 

丁寧に丁寧に冷まして、ようやく口にした味噌汁はおいしかったらしく彼女はゆっくり飲み進めた。

 

「お兄さんは、どうして優しいんですか」

 

彼女の目線は長ネギに向いている。

 

そういえば味噌汁はマグカップに注ぐものじゃなかったな、と思い返すが味噌汁用の器なんて持っていなかった。

 

「優しくなんてないよ。君がお腹を空かせて凍えていて、僕もひとりが寂しかっただけ」

 

眉を困らせて彼女がこちらを見る。

 

「寂しかったら優しくするの?」

 

「上手くいかないときは、せめて善い行いをする、っていうのが信条なんだ」

 

「ボランティア?」

 

おれが君に優しくするのは他所から見れば如何わしい、もしくは善い行い。

だけど、街角でゴミを拾うように君を拾ったわけじゃない。

 

「違うよ、自分にできる範囲で人を助けるのは人として当然なんだ」

 

じゃあ、お兄さんは誰にでもお味噌汁を作ってあげるの?

 

そんな問いが生まれてきて、自分の醜さに辟易とする。

お兄さんの優しさに出会えただけで嬉しいのに、その理由が分からなくて落ち着かない。

 

もしかしたら悪い人なんじゃないか。

 

何か裏があるんじゃないか。

 

それでも。

 

もしそうだったとしても、今まで通りの日々を送るよりはずっとましだ。

 

どこかでそう思っているから私はここにいるんだろう。

 

「君がどうして元気がないのかは分からないけど、睡眠と食事くらいならここで好きにしていいから」

 

少なくとも今は優しいこの場所も、誰かにばれたら奪われる。

 

「…ありがとうございます」

 

知られてはならない。

 

お兄さんの存在も。

 

私に優しいことも。

 

誰もが知っていそうな、このお味噌汁の味すらも。