車の中で隠れて話をしよう vol.1-1【始まらない物語】
「やっぱり運転がへただなぁ」
うーん、それは自覚あるけど君よりはましだよ。
ハル君は注意深く左折しながら困ったように笑った。
「ハル君は明日もお仕事でしょ、もう少し飛ばしてもいいんだよ」
新入社員7人で久々に飲み会を開いて、明日も仕事のハル君ともう一人がハンドルキーパーになり二手に分かれて全員を送り届けてくれたのだった。
運転に慣れていないハル君はへたなりにゆっくりと安全運転してくれている。
先ほどから右折を避けて左折を異常な回数繰り返していることは気づかないふりをしておこう。
「ようやく君で最後だよ、すっかり酔っ払っちゃって。君らしくもない」
「なにそれ。私はどういうイメージなの、教えて」
「もう、ほら、ばっちり酔ってるじゃん」
「うるさいなー、最近忙しかったし私だってたまには楽しみたいよ」
目の前の青が黄、赤に移ろった。
「誰も責めてないじゃん。むしろ酔ってる姿見れてみんな喜んでたよ」
隣の運転手がこちらに微笑んだ。
「なにそれどういうこと」
「そんなむっとしないで。いつもばりばり働いてるから笑顔すらレア扱いだもんね、君は」
「なにそれー、どういうこと!」
「だからむっとしないでってば」
ハル君がふわっと笑うと信号も青に変わった。
運転がへたなハル君は走行中は少し口数が減る。
ハル君は私と同じ大卒の男の子で、雰囲気が柔らかくてみんなから頼りにされている。
頭が良くて仕事の飲み込みも早く、教え方も分かりやすくて褒め上手。
短大卒同期の女の子たちからはすっかりアイドルのような扱いだ。
「わたしもハル君くらい器用なら良かったなー、来世はハル君になりたい」
「はは。それ本気で言ってるの?」
「うん、だってみんなの人気者だし」
「君もだよ、あまり群れたがらないからみんな遠慮しているけど」
「んー。学生の頃と違って人間関係取り返しつかなそうだから」
「へぇ。怖いんだ」
反論しようと口を開いて、言葉が声にならなかった。
視線を落とすと、社会人になってから買ったオフィスカジュアル用のバッグがくたびれている。
「…怖くない人なんていないよ、きっと」
「何が怖いの?嫌われること?」
「それもだし、自分の居場所がなくなるの怖いでしょ」
「君はそもそも自分から居場所作ってないじゃん」
いや、だって。なんでそんなこと言われないといけないの。
でもハル君はこんなこと言う人じゃないし酔って声を荒げるのも嫌だ。
どう言えば私の正当性が保たれたまま反論できるんだろう。
酔いのせいか性能のせいか、頭がぐるぐるして考えがまとまらない。
「ハル君は、みんなに好かれてて余裕があるからそう言えるんだよ」
「余裕?なにそれ。そんなのないよ」
信号に引っかかって、少し荒いブレーキに身体が前のめりになる。
「器用なんかじゃない。余裕もない。でも君が下の子の面倒みないから俺が見るしかないだろ」
身体ごとこちらに向けたハル君の力のこもった声に、つい肩に力が入った。
「俺は君と、みんなでがんばりたかったのに」
もう取り返しのつかない、入社してからの半年間。
人を信頼するってなんだっけ。頼られるってどうするの。
全部全部分からなくなった。
私はいったい、どこで間違えたんだろう。