こためも。

嬉しいこと、悲しいこと、うまくいかないこと、ちょっぴり達成感を得られたこと、そんなことをゆるっと書き連ねていたり、カレーへの愛を語ったりしています

はじめましての文構造 vol.1-1【クランベリー型形態素】

「ごめん、たすけて」

 

 

食堂でおやつでもつまみながら課題を進めよう、なんて思いながら壁際の席を目指して歩いていると、服の裾をひっぱられた。

 

驚いて視線をやると、そこまで親しいわけではない学科の同級生だった。

背が高くて愛想のない彼の困った上目遣いがこちらに向いている。

 

「え、どうしたの」

 

「唯ちゃん真面目だから基礎しっかりしてそう、おれそういうのほんとだめで」

 

机いっぱいに広がった教科書やワークにはLesson1と書いてある。

 

"Hello, my name is ...

 Nice to meet you. "

 

大学に入学して2週間、慣れない自由な雰囲気に気圧されていた没個性な私はこの男の子と初めて喋った。

 

何が何だか分からないまま彼の向かいの席に座る。

 

「急にごめんな、おれ塾講師のバイト始めたんだけどすっごい行き詰っててさ」

 

はぁ、とため息をつきながら彼はおしゃれなキャップをかぶりなおした。

ごつごつしたデザインの時計やリュック、良くない目つき、一見近づきがたいのに今日初めて話すことを感じさせない彼は同じ教育学部文系学科英語コースの同期だ。

コースは1学年20人なのでなんとなく全員の顔は覚えているものの、自分の人見知りも相まって異性とはほとんど話したことがない。

彼、秋人くんが私の名前を覚えてくれていることにも驚きだった。

 

「中学1年生教えてるんだけど、あいつら面倒そうにしてるけど的確な質問してくるんだ。なんで英語の語順は変なの?日本語の方が分かりやすいよね?なんて言われて答えられなくてさ」

 

「そ、それは難しいね…そのときはどう答えたの?」

 

「テストで100点とったら教えてあげるって言った、こういう大人になりたくないと思い続けてここまで来たのに、いざとなると難しいものなんだなー、って。真面目に向き合おうとしても、知識がないと無理だった」

 

秋人くんは目をぎゅっと瞑っている。生徒の顔を思い出しているのだろうか。

 

「気持ちだけじゃダメだったから、勉強しようと思って。でも一人じゃ進まないの、もし時間あれば付き合って!」

 

「わ、私でいいの?力になれるかわからないけど」

 

「いいのいいの!おれよりは絶対頭いい!」

 

にっこり笑った秋人くんは、自分のノートをこちらに向けて見せてくれた。

 

「さっきまで日本語と英語の語順の違いについて書きだしてたんだ」

 

 

私は    本を     読む。

(主語)  (内容)   (動詞)

 

I                     read                books.

(主語)  (動詞)   (内容)

私は     読む     本を

 

「多分、あいつらが言ってたのは英語だと動詞が先に来るのが分かりづらいってことかなと思うんだ。まだ教科書に出てくる例文は自己紹介文とかだけど、日本語とは文の構造違うからさ」

 

 

「確かに、主語の後に動詞が来るのは変な感じするよね。でも英語はそういうもの、って覚えちゃったから疑問に思ったことなかったなぁ」

 

「だよなぁ。おれもなんとなくで英語読んできたからなぁ」

 

ふたりでうーん、と唸る。

考えても答えなんて出ない。私たちはあまりに無知だから。

 

何も知らなくて教えられる側に甘んじてきた私たちが、初めて学びを得ようとしたこの日から全ては始まった。